四月、それは新しい出会いや始まりがある季節……みたいなことをつい手癖で書きたくなるのですが、正直なところこれを書いているおじさんは、ここ数年四月に新しい出会いも始まりもない人生を送っているので、言うほど新しい季節なのかと世の中を疑っています。……それはそれとして、暑すぎも寒すぎもせずエアコンに頼らないで過ごせる季節というのはありがたいですよね。
そんな落ち着いた気候だからこそ読書も捗るというもので、今回紹介する新作は、AIに命を助けられた男が自分の人間性を信じられなくなるSF、カップルになることが約束されていることにしてはギスギスすぎる男女のラブコメ、邪悪すぎる役職を引き当てた少年のピカレスクな冒険譚、犯罪グループ対怪異の心理戦を描くホラーというラインナップになっております。どの作品も読み応えたっぷりで面白いですよ!!
交通事故による意識不明の状態から回復したジョー=Nノーマン・ダウ。その回復の陰には彼が事故前に開発していたアプリケーション《オルター・ブレイン》が関わっていた。
《オルター・ブレイン》とは、利用者の脳の働きからフィードバックを得たAIが、「もう一人の自分」となって利用者の思考を補助するアプリだ。
この《オルター》の機能に助けられ意識を回復したジョーだが、研究者である彼は今の自身の状況に対して一つの疑問を抱いてしまう。「《オルター》によって回復した自分の意識は本当に自分のものなのか?」
科学技術の発展が生む哲学的・心理的な問題を描くという意味では正しくSFだし、人間の意識の正体を様々な角度から検証していくプロセスも実にSF的で大変読み応えがある。
だが、本作のSFとしての真の面白さは最終話にこそある。自ら被験体となったジョーが最終的に発見した結論は、彼個人だけではなく人類全体の価値観を揺るがす非常にダイナミックなもの。「あくまでフィクションの話でしょ?」と思われるかもしれないが、ジョーが見出した真実は現実世界を生きる我々にも明確に否定できないのが恐ろしい。タイトルにある「オブ・ザ・デッド」要素の回収も巧みで、非常に秀逸なSFホラーだ。
(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=柿崎憲)
中学時代のある誤解が原因で、クラスメートの早乙女一華と険悪な関係になってしまった杉下凪。その誤解は未だ晴れず関係は最悪なまま同じ高校に通っているのだが、夏休み明けのある日、二人は担任教師によって文化祭の実行委員に任命されてしまい……。
本作の何が凄いかって、主人公とヒロインの二人が醸し出す空気のギスギスっぷりよ。ツンデレとかそういうのじゃなくて、会話してるだけで教室中の空気が悪くなるし、読んでいるこっちの胃が痛くなるレベル。しかしタイトルを見る限り二人はここから3ヶ月半で、キスする関係になるというのだ……! 行けるかなぁ……早乙女さん彼氏持ちだし……。
そんな色々な不安もあるけれど、文化祭に向けた活動を通して二人が距離を縮めていく過程をゆっくりながらも丁寧に書いているのが好感触。登場人物も地に足のついた等身大の高校生としてしっかり描かれており共感しやすくなっているのもお見事。だからこそ二人のギスギスっぷりの生々しさが強烈……!
この相性最悪な二人の関係をどのようにして綺麗に着地させるのか? 甘さという点では現在のラブコメの主流に反しているかもしれないが、先が気になるという点では決して数多のラブコメに引けを取らない注目作だ!
(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=柿崎憲)
魔物から子供を守って死んだ【槍聖】の父のように、周囲の人間を守れる男になろうと誓ったナイク。そんな彼に女神が与えた役職は【死霊術師】。かつて人類の1/3を殺したことで知られる超曰くつきの役職だ。
こんな邪悪な役職を上手く利用して世のため人のために生きようとする……のが王道の物語なのだが、ナイクは自分の役職を知った司祭をその日の内に殺して逃亡してしまう。もう弁明の余地なく邪悪である。そう、この物語は王道の英雄譚などではなく、邪悪な能力に相応しい性格の少年が自分の正体を隠そうと悪あがきをするピカレスクな物語なのだ。
使い方次第では最強にもなれるチートな役職の【死霊術師】だが、バレたらえらいことになるのでナイクはこの力をめったに使おうとしない。それどころか正体を隠すために役職とは噛み合わないスキルまで習得しており、やっていることはチートどころか縛りプレイである。しかし、正体を隠しながら自分の戦える道を探るこの縛りプレイがとても楽しいのだ! 中でも隠匿能力をギミックとしてフル活用した1章後半の不気味な戦闘シーンは本作ならでは。
また、必要ならば親しくなった人間でも躊躇いなく殺せるのだが、快楽殺人者というわけではないので、なるべく穏便に物事を解決したいと考えるナイクの人間性が非常に不安定で読んでいてハラハラする。主人公の邪悪な精神性が作品全体をどす黒く染める、新種のダークファンタジーだ。
(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=柿崎憲)
上の犯罪組織からの命令で、一人の日本人少女を誘拐した不良グループ。誘拐は無事に成功し、あとは迎えが来る朝まで少女が変な行動をしないよう監視するだけ……だったのだが監視役の一人が突然目から血を噴き出して倒れるという異常事態が発生! この一件を皮切りにして誘拐グループを次々と襲う怪奇現象……。その中心にいるのは、彼らに誘拐された被害者だったはずの少女――クチナ=ホオズキ。
かくして幕を開ける誘拐グループ対怪異少女。前半はなすすべなく犠牲者を出すばかりの誘拐グループだったが、仲間が失われるにつれクチナが万能の存在ではなく、特定の法則に従って人を害する怪異であることがわかってくると、物語はいかにしてルールを守ってクチナを抑え込むかという心理戦の様相を帯びてくる。
そんな本作最大の魅力は、クチナという少女のキャラクター。ルールさえ守れば彼女は他人に危害は加えられない。そうはわかっていても彼女は怪しい美貌と話術を駆使して時には挑発し、時には脅し、時には誘惑してあの手この手で誘拐犯たちにルールを破らせようとする。その一方で殺される側の誘拐グループもそれぞれが犯罪に手を染めるようになった境遇がしっかり描かれており、だからこそ無残に殺される彼らにもちょっとだけ同情心が湧いてしまう。
この邪悪なヒロイン兼ラスボスと怪異の犠牲者となった犯罪グループが織りなす一夜の心理戦をとくとご覧あれ!
(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=柿崎憲)