最近すっかりと落語熱を再燃させているわたくし、頻繁ではないながら演芸場へお邪魔しております。
本で読むかテレビで見るかしかなかった子供時代にはわからなかったのですが、生で見るというのは本当に違いますね。噺家さんが表現する登場人物の人となりや距離感、所作で醸し出す空気感など、そこでしか味わえない芸がありますから。
インプットとなるとそれこそインドアでこなしてしまいがちだったのですが、やはり表現というものには「そこでしか」があるなと実感して以来、映画や美術館、それだけではなくてお祭りや催しなどへも行くようになりました。
まあ、実際のところ書くことにどれくらい生かせているかわからないのですが、今年は「そこでしか」をテーマに踏ん張っていきたいと思います。
――はい! 与太話はこれくらいにしまして、今月は新作、金のたまごの回でございますよ。現代ドラマ、恋愛、ミステリー、エッセイ、各ジャンルからみなさまに出逢っていただきたい一作をご紹介させていただきますよ。どうぞお楽しみくださいませー。
某弱小グループに所属していたお姉さん系アイドル、那波いおり。しかしその完璧な外見を裏切る超音波ボイスのせいもあって鳴かず飛ばずのまま引退。33歳となった今、夢も希望もない日々を送るばかりだったが……隣に住むイラストレーター、エインズバーグ朔良との出遭いが彼女に新たな道を拓く。メスガキ系Vtuber黎咲のぞむとしての道を!
昨今注目を集めている引退底辺アイドル成り上がりものにVtuberを掛け合わせた本作、ネタのキャッチーさに惹かれて読み出した途端、いい意味で裏切られます。
いおりさんが真剣なのですよ。過去の失敗から来る重い葛藤ややりきれなさを抱え込んでいながら、コメディで紛らわしたりしない。腹の底へどろりと押し詰まったそれを逆に糧として、Vとして最高のパフォーマンスを魅せることだけに尽くすのです。
そんな彼女が再起をかけた新たな挑戦、襲い来る困難も込みでわくわくしました!
のぞみさんのママであるところの朔良さん、彼との関係がどうなっていくかも気になります!
(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=高橋剛)
有給休暇を満喫していた真勿(まなか)は、あろうことか宿泊私設の倒壊へ巻き込まれてしまう。幸い命に別状はなかったが記憶を失って、見も知らぬ“夫”の榛頼(はるより)と対面することに。絶望しかないシチュエーションで、しかし榛頼は「もう一回最初から口説くから」と宣言。かくて知らない夫にアプローチされる日々が始まったのだ。
本作の魅力は真勿さんと榛頼さん、ふたりの想いの推移こそあります。
夫だと言う人のことだけをなぜか忘れてしまった真勿さんと、積み重ねた時間を失くしてしまった妻と向き合い続ける榛頼さん。ふたりの温度差と噛み合わなさは実にも切なくて、どかしくて、寂しいものです。
でも、真勿さんは榛頼さんへ触れていく中、彼に惹かれていくわけですよ。たとえまた記憶を失おうとも、自分はきっと同じように――この「再び」と「何度でも」が浮き彫る強く甘やかな予感に、読者はこの上なく救われて、癒やされるのですよね。
ふたりが描き出すエンディングはまさに最高のマリアージュ。どうぞご賞味あれ。
(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=高橋剛)
浮気した彼氏をアッパーカットで追い払った佐藤ヒナコ。なんとなく川を見ていたら喫茶店のバイト男子、奥田トモから唐突に声をかけられた。どうやら自殺しようとしているのだと勘違いされたらしい。誤解を解いた後、彼女は対元彼用の用心棒として彼を伴い部屋まで戻って――見つけてしまうのだ。バスルームで死んでいた元彼の死体を!
一度見た人の顔を忘れない特技を持つトモくんは、以前何度か来店したヒナコさんを憶えていて声をかけます。そしてその能力を生かし、元彼殺害事件においても名探偵っぷりを見せつけてくれるのですが。
ヒナコさんのとある特技が、物語にかけられていた謎という名の鍵を解き、ここまで積まれてきた展開を思いきり転じるのです!
この一転の見事さ、本当に驚かされるのですよ。しかもそれにより、すべてが冒頭から周到に仕組まれていたことに気づかされる――これぞミステリーのカタルシスですよね。
予想外のエンディングにもまた驚かされずにいられない、妙なる本格ミステリーです。
(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=高橋剛)
児童文学作家を志す“まめいえ”は、どのように書けばよいかについて悩んでいた。そしてある日、鹿児島市天文館図書館にて児童文学創作講座が開催されることを知り、参加を即決。児童文学作家/絵本作家の村中李衣より学んだことを、同志のため共有する。
私などもそうですが、文章の書きかたを師に教わったという方、少ないのではないでしょうか? だからこそです。まめいえさんが公開してくださった学びは、書くことを志す方のみならず、書くことに慣れている方にも大きな気づきをもたらしてくれるのです。
講師である村中さんの説かれる内容は、作家としての姿勢からテーマへの目の付け所、ついつい書き手が犯してしまう「そ病」――正体はぜひ御自身の目でお確かめを!――など、まさにジャンル問わず書き手に必要な心得です。
また、まめいえさん学びを得る前と後の同作品を載せてくださっていて、学びを得た結果が見て取れる点もすばらしい。
書き手の方にも読み手の方にもお勧めしたい、やさしくてやわらかな書きかた指南書です。
(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=高橋剛)