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先日手塚治虫の『火の鳥』展を見に行きました。いいですよね、『火の鳥』……。遠い過去から遥かな未来を通じて一つ一つの物語だけでも素晴らしいのに、それぞれ隔絶された時代のようで登場人物や設定が意外な形で繋がりを見せるところが大好きです。時代によって物語の内容が全然異なるにも関わらず、作品全体で共通しているのが不死と化した人の苦しみ! どの時代の登場人物であっても火の鳥の血を飲んで、不老不死を手にした人は大体ろくな目にあってない! 世界中の権力者が不老不死を夢見たにも関わらず、我々一般人があまりそそられない原因の4割ぐらいは『火の鳥』が原因だと思っております。
というわけで今回は自分が『火の鳥』の影響をわかりやすく受けたため、『不死身な人々』と銘打って「不老不死」と関わりの深い作品を紹介いたします。不死なのに自殺をしたがる女性、不老不死の人間を探しに行く女子高生、不死になってやることもなくなったので弟子を取ることにしたリッチ、不老不死が実現したサイバーパンクな世界を生きる黒社会な住人など、不死に関わる人たちの物語をご紹介します。
希死念慮に襲われて何度も自殺を繰り返すも、そのたびに蘇ってしまうメアリーの奇妙な日常を描いた本作品。
生と死、そして復活というドラマチックな題材を扱っているにも関わらず、その筆致は淡々としており、どこかユーモラス。彼女の身の回りの人物もいい味を出しており、医師のクラークは自殺をして病院に運ばれては蘇るメアリーを笑顔で迎え入れ、大家のマクレーン夫人は死ねないメアリーに対して、死ぬのはかまわないが部屋を汚さない方法でやってくれと言い放つ。別に彼らが人でなしというわけではない。それぐらいメアリーの死と復活が日常となっているのだ。
序盤のあの手この手で死のうとするメアリーの様子も面白いのだが、中盤で彼女の体質(?)が世間に知れ渡ると、途端に彼女の存在は注目を集めることになり、気軽に死ねなくなってしまう。
自分の死が特別視されることにうんざりして「私が死ぬことに、勝手な意味を付けないで! ひとりで死なせて! あなたたちのことなんて知らない!」と叫ぶ彼女の姿は実に切実だ。
そんなメアリーが最終的に下した決断と、それに対する世間の人々の反応は味わい深い余韻を残す。〝不死者〟と〝自殺〟という相反するテーマを結び付けて、独自のエッセンスを加えた奇妙な味の短編だ。
(「不死身な人々」4選/文=柿崎憲)
高校の教室で浮いている「私」と唯一の友人である変わり者の小前田ちゃん。『不老不死の人間が生物学上の確率で5人いる』という怪しい文字列をネットで見かけた小前田ちゃんの思い付きで、二人は放課後に街を歩いて不老不死の人間を探すことに。
まず「私」の語り口が面白い。比喩や言葉の一つ一つの選びかたがユニークで面白く、読んでいるだけでも楽しい気持ちになってしまう。少し天然の入っている小前田ちゃんとの会話もテンポが良くて大変微笑ましい。
特定の人物を面白おかしくあげつらって人気を得るクラスメイトや、授業中に妙な自説を熱弁する風変りな教師など、学校の空気の切り取り方も素晴らしく、これらだけでも十分面白い。だが、本作のさらなる素晴らしさは作品の構成力。前半でごく当たり前の日常として書かれていた、携帯を買い替えた話、シュレディンガーの猫の話、源義経=チンギスハン説など全てが思わぬ形で物語の内容に密接に繋がってくるのだ!
それ以外でも前半に登場したエピソードや小道具を後半で再利用するやり口がズバ抜けており、ここまで「無駄がない」作品はなかなかお目にかかれない。短編小説のお手本として自信を持って勧められる一作だ。
(「不死身な人々」4選/文=柿崎憲)
寿命が尽きる寸前に禁術に手を染めアンデッドの最高峰であるリッチとなったルドルフ。人間を辞め不死者となってから10年……ルドルフはすっかり暇になっていた。
魔術の研究は思いのほか順調に進んで一段落し、新しい目標を見つけようにも「時間はいくらでもあるから」とついつい先延ばしにして、不死の王なのに屍のような日々を送るばかり。そうした平穏な暮らしの中、ルドルフが潜むダンジョンに冒険者たちが侵入してくる。凶悪なリッチの姿に恐怖した冒険者たちはルドルフが何もしない内に仲間の少女を囮にしてその場を逃げ出してしまう。こうしてルドルフは見捨てられてしまった少女の面倒を見ることに……。
すっかり人間をやめてしまっているのに、妙に人間臭いルドルフの言動が面白い。昔の仲間がダンジョンを訪れればお茶とお菓子を出して歓待するし、かつて魔王討伐の際の冒険ではパーティーの雑用係を担当していたために細かい気配りも利く。できた骸骨だ。
そんな彼に弟子入り志願する少女セラは素直で可愛らしい性格をしており、このリッチと少女の師弟というミスマッチな組み合わせが大変魅力的。物語はまだ途中なものの、すでに物語は最後まで書き終わっているということで、この師弟がどのような道を歩むことになるのかぜひ最後まで見届けていきたい。
(「不死身な人々」4選/文=柿崎憲)
『複製素体』と呼ばれるクローンに『精神置換技術』で記憶を移し替えることで疑似的な不死が実現した近未来、龍灰窟に暮らすヴァラガンは自分の記憶を取り戻すことを条件に黒社会のボスから汚れ仕事を引き受ける。
電脳化される精神、凄腕のハッカー、冷酷な女殺し屋、身体改造されたチンピラ、中華風のスラム、安い人命……サイバーパンクに求められるものをしっかりと煮詰めて組み上げられた本作品。不死は実現しているものの、単に精神を移植しただけでは想像力が失われてしまうため、他人の記憶を移植して想像力を復活させるという設定も面白い。
ガジェットや設定ばかりではなく、記憶のない主人公が事件に巻き込まれていく内に、自身に秘められた重大な秘密が明らかになっていくというストーリー構成もエンタメ度が非常に高い。
硬質な文体や甘さのない会話など、作品全体に漂うハードボイルドな空気は世界観と合致しており、自身の記憶にこだわり続けるヴァラガンの姿勢がラストの意外な展開に繋がっていくのもお見事。サイバーパンクファンや、ハードボイルドな主人公が好きな読者にオススメ。
(「不死身な人々」4選/文=柿崎憲)