365作品
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やがて、窓の外から排気音が聞こえる。ゆっくりと加速したそれは、次第に遠のいていった。無神経な小鳥のさえずりが、不規則に耳に届く。苦い想いはある。確かにある。しかし、それでも。今日…
はい、今ちょっと…… 緊急で動画を回しているんですけど。えーっとですね。一昨日の首都高速で起きた事故について。あの規模の事故が起きて、ニュースではずっと中継や被害の状況が報じられ…
「ご機嫌はいかがかな、名探偵の明智ホムさん」知らない男だ。端整な顔つきの、初老の男。口元に小さく生えた髭がどこか憎らしい。「なんだお前は。当然、初対面だな」「もちろんですとも。一…
結婚なんて考えたこともなかった俺が、いつの間にか、婚姻届に判を押してしまった。こんな俺なのに。くだらない、最低で、最悪の俺なのに。俺なんかと結婚してくれる女なんて、いるはずがない…
「そうです。その、郷村酒造です」中途採用面接試験にて、面接官は目の色を変えた。郷村酒造といえば、現会長である郷村剛蔵ごうぞうの旗頭のもと、徹底した営業戦略で一時代を築いた会社だっ…
上司に急かされながら、男は筆を動かしていた。「まったく……。色を決めていなかったとは」「すみません。思っていたより早くて。まだ色を見られる機会はないと、油断していました」
鈴虫の音が鳴り響く夜の境内。頭から水を被った男は、用意された通路へ全速力で突っ込んでいく。掛け声と共に、近くに控えていた別の男たちが火を灯すと、通路脇の爆竹がけたたましい音を立て…
やっぱり観葉植物はいいわね。この立派な鉢に、にょきっと生えている姿が素敵。心が洗われる気がする。うんん、本当に洗われているんだわ。だってこのガジュマルからは、新鮮な酸素が湧き出て…
システム開発部の田之上は、声高々に主張した。「我が社のSNSサービス・ツイッピピーは、利用者数がすでに4,000万人を超えています。ユーザーそれぞれが好きに発言できますが、その反…
ジニス星人の個体Aは、手首(と思われる箇所)をぶるぶると振り回した。地球の慣用句における「頭を抱える」に相当する仕草だ。
「このまま死ぬか。さもなくば、お前たちの里の場所を教えろ」。首を絞められた初老の男は、青白い顔で眼をぐるりと剥いたまま、小さく唸った。「馬鹿、め。お前は、なに、も、分かって、いな…
「どうしてだ。あの怪人に刀の攻撃は通用するはず」「そうだ、特殊なバリアがある訳じゃあない。しかし、さっきから何度試しても刀が食い込まないんだ」
なんでせっかくの夏休みに、研究なんてしなくてはいけないのか。だって、僕は研究者じゃあない。朝から晩まで遊びたい小学生だ。やりたくない。ああ、やりたくない。
「僕、前から思っていたんですけど。ご飯と味噌汁の位置って、逆の方が合理的じゃないですか」持ち上げた味噌汁のお椀を定位置に戻しながら、部下が口を開いた。
お客さまの中に客室乗務員はいらっしゃいませんか」「おやおや、どうしたのです」「それが……。後ろの座席で急にお腹を押さえて苦しみ始めた方がいらっしゃって」
警部は部屋を改めていた。最初に死体を発見した警官が報告を続ける。「この部屋の主は、熱心なヴィーガンの活動家で有名でした。しかし、近所の人がその姿を見かけなくなって数ヶ月。この部屋…
「今日はあのお金、持ってきた? あと君だけなんだけど」目を伏せ、首を横に振る。姫川さんの怪訝な顔は見なくても分かる。その後ろで、一軍のクラスメートたちが僕に小声で難癖を飛ばしてい…
世界中からアクセスが集中し、瞬く間に世界中に送信されていく。精鋭スタッフは昼夜を問わず仕事に没頭していた。「そろそろ休みはないのかい」男はぼやいた。隣のデスクでディスプレイに噛り…
「カウント開始!」。温泉施設の駐車場にあるパトカーから飛び出すと、脇目もふらずに入口へ駆ける。靴を脱ぎ、靴箱に入れ、券売機へ。ラグビーのように腕でタオルを抱えながら、大人一枚の入…
駆動音がしないエアコン。澄んだ空気。シートの匂い。整えられた音響は自宅のそれとは全く異なる。どうしてこんなにも大きな画面なのに、画が粗くないのだろう。どうして手を触れたくなるよう…
突如として東京都墨田区押上1丁目1-2に生えたブロッコリーは、急速に成長した。少し目を離した途端に、あれよあれよと三倍にも膨れ上がっている。また膨れ、また育ち、また巨大となり。墨…
「おお、待っていたよ。最近、どうも調子が悪くてね」恰幅のいい男は、汗をかきながら鈴木を出迎えた。玄関に辿り着くだけでも息を切らしている。「では、横になってください」
エネルギーは片道分だけで、最長でも40年ほどしか飛べないぞ」「まあ聞け。今が1990年だろ? 40年先、つまり2030年まで行けば、俺はもうなに不自由なく暮らせるはずなんだ」
男は大いに酔っていた。激務に追われ、やっと辿り着いた休息日。昼間から酒を胃に流し込み、机上に空き缶の山を築き、気づけば亥の刻……。なんとなく点けていたテレビでは、刑事ドラマが進行…
真っ白な壁が眩しいオフィス。応接セットにて、依頼人の男は頭を抱えていた。「じゃあ、どうやったら奴を合法的に殺せるんですか。教えてくださいよ!」向かい合って座る女は、溜息ののち、「…
惑星は違えど、同じ起源を持つのか。あるいは神の悪戯か。「やあ、おかえり」「やっと帰ってきたよ。長旅だった」地球旅行からの帰りだった。
それは思いのほか、鼻に残る良い香りだった。よくよく見ると濃い茶色にも見えるが、ゆっくり観察している暇はなかった。ビルの谷間から、家屋の隙間から。全てを飲み込むそれは、あっという間…
四肢が硬直し、次第にまともに動かせなくなっていく。もう何十時間、ここにこうして縛られているだろう。猿轡からは唾液が滲み、それもとうに乾いてしまった。椅子に座らされ後ろ手に縛られた…
「それが、なかなか進まなくって。あの犯人、ポエマーっていうんですか。あるいは文学者でしょうか。持っている世界観が濃すぎて、僕には理解不能ですよ」
騒然とする交通事故現場。体のどこかを強く打ったのか、倒れた女性に人々が群がっていた。幸いにも外傷は見られないが、意識はおろか呼吸も怪しい。近くのコンビニ店員がAEDを持って駆け付…
音もなく近寄られ、脇腹が焼けた。黒いフードを被った人物は、ぱっと手を離した。一瞬にしてまどろみ、祇園囃子の鐘の音がぬるりと耳に滑り込んでくる。右に逃げたが、いや、左か。山鉾やまぼ…
アナウンサーは、カメラに向かってそう問いかけた。「外交も、経済も、何もかも……。ここ二十年ほどで我が国は緩やかに衰退しています。ひとつの政党がずっと政権を継続しているからです。そ…
しかし、晩ごはんを食べたばかりだ。まずはソファに座ろう。よいしょ、っと。しかし今日も疲れたなあ。上司には小言を言われるし、同僚とも少しだけ揉めてしまった。でも、タスクは割と消化で…
★8 エッセイ・ノンフィクション 完結済 1話 896文字 2022年7月6日 22:24 更新