大江戸異聞録
菅原暖簾屋
老婆と懐中時計
二〇二四年 四月上旬 久延骨董堂
この日最後の客はおかしな老婆だった。
久延骨董堂は和歌山市の外れにある意外と歴史がある店舗だ。
月の半分は仕入れで休みだというのに、先々代の祖父からの付き合いがあるお年寄りが根気よく通ってくれることもあり黒字経営が続いている。
そんな内輪の客が多いこの店にやってきたのは全身を喪服で身に包んだ、言っちゃ悪いが棺桶に片足を突っ込んでいそうな腰の曲がり切った老婆だ。
制服代わりの甚平からスマホを取り出し、録音機能をオンにして老婆へ歩み寄る。この手の客は盗品に関係ある場合が多いのだ。
「ごめんください」
「はい、どうなさいましたか」
時刻は閉店間際の一八時前、妙な時間にやってきた老婆に笑顔で応対する。杖をゆっくりと地面に当てながら、彼女は店の入り口からヨタヨタと店舗奥のカウンターまで歩いてくる。
カウンターまで時間をかけてやってきた彼女は手提げの鞄から化粧箱を取り出してガラス張りのカウンターに置いた。
「こちらの買い取りをお願いします」
「はぁ……開けても?」
彼女へ許可を取ると震えながら頷いたので、革の手袋をして身蓋式化粧箱の蓋を外す。
そこにはナポレオン式の懐中時計が壊れないように細く裂いた紙の上に鎮座していた。
「ナポレオン……デミハンターの懐中時計ですね。銀造の手巻き式で製造年の掘り込みはなし、うーん……」
わざわざ持ってきてもらってなんだが、高くは買い取れない代物である。なにより工業製品ではなく手製のような作りなので盗品である可能性も十分にあり得る。
適当に安値を提示して帰ってもらおう。そう思った俺は買取金額一万円を提示する。時計の出来からしてとんでもなく低い見積もりだ。
「では、それでお願いします」
「え?」
俺は困惑した。だが仕事はしなくてはならない。買い取り用紙の記入をお願いし、身分証を確認して法律にのっとった作業を終える。そして、老婆へ茶封筒に入れた諭吉を渡す。
老婆は静かにそれを受け取るとゆっくりと頭を下げる。
「どうもありがとうございました」
その姿はまるで怪談噺のワンシーンのようだった。
彼女を見送り、俺は両腕を擦りながら閉店作業を始める。店舗持ち込みの買い取りなど久しぶりだ。書類のまとめ方を思い出しつつ処理していく。
いやいや買い取ったナポレオン式の懐中時計だったが、買い取った限りはどうにかして売らなければならない。型式などがどこかに印字されていないか、調べようとした時である。俺は時計の側面にあるつまみに指が当たり、ぐるりと奥側につまみが一回転した。
その瞬間、俺の脳が強烈に揺れる感覚がした。
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