ホタル大名は輝かない

マー爺

Prologue 1639年

 ◇ 寛永十六年(1639年)



 私は江戸城へ参内していた。

 名を三休。今年で十三歳になる小坊主だ。

 農民の生まれだが、幼いころから聡明だと評判になり、寺に預けられた。

 寺で学問を修めるうちに、次々と斬新な発明をし、地元では「神童」と持て囃された。

 住職や檀家衆からも「末恐ろしい」と驚かれるほどだった。


 だが、そんな私がなぜ江戸城にいるのか。


 ―――ことの発端は数日前。

 寺に届いた一通の命令書。幕府からの召喚命令―――それも、将軍家直々のものだった。

 住職ですら恐れおののき、私を送り出す際には何度も頭を下げていた。「余計なことは申し上げるな」と念を押されたが、そもそも私は訳が分かっていない。


 そして今、私は江戸城の奥深くにある格式高い部屋の中央にひれ伏していた。

 その前には、一人の僧侶が静かに座っている。


 天蛍僧正――幕府の相談役にして、三代将軍の御伽衆。

 かつて幕政に大きな影響を与えた影の宰相であり、裏の将軍とも囁かれる人物だ。


「わしは天蛍じゃ。おぬしが三休か?」

「ははっ!」


 まさか、このような方に直接会うことになるとは………。


「おぬしに史書を編纂してもらいたいと思っての」

「史書……でございますか? 私ごときでよろしいのでしょうか?」


 史書編纂といえば、幕府の正式な仕事のはずだ。なぜ秘密裏に、小坊主である私が呼ばれたのか――。

 そんな疑問を抱く私に、天蛍僧正は微笑を浮かべてこう告げた。


「おぬしは転生者であろう?」


 ―――息が詰まった。


 天蛍僧正の表情は揺るがない。むしろ、意地の悪い笑みを浮かべている。

 

 私は言葉を失った。

 確かに、私は転生者だ。


 前世では二十一世紀の日本に生きた。昭和に生まれ、令和の時代まで五十数年の人生を歩んだ。

 そしてなぜか江戸時代―――寛永四年(1627年)、武蔵国の貧しい村で新たな生を受けていた。


 幼い頃にはすでに前世の記憶を取り戻していた。周囲からすれば、まるで大人びた子供だったに違いない。そんな私を見た両親は、寺へと預ける決断をした。百姓の父にとって、頭の良い子が僧になれば、それは出世の道に繋がると考えたのだろう。

 寺では学問に励み、いつしか「神童」と呼ばれるようになっていた。

 前世の知識を活かした“ちょっとしたズル”もあった。そして―――前世の知識をもとにした発明が幕府の目に留まった。

 正確にはこの天蛍僧正に目をつけられたのだろう。


「くっくっくっ。そう構えるではない。何を隠そう、わしも転生者なのじゃ」


 ―――何!?


「わしの昔の名は、京極高次きょうごくたかつぐと言ってな。知っておるか?」

「は、はい。前世の知識においても、今世の知識においても存じ上げております」

「それは上々。史書を書いてもらうには都合が良いわ」

「ですが………京極高次様はお亡くなりになられたと聞いておりますが」

「いろいろあっての。死んだことになっておる。それを含めて、正しい史書を書いてもらいたいのじゃ」


 戦国時代を生きた大名、京極高次。

 彼は「蛍大名」とも呼ばれ、姉の竜子や妻の初のおかげで出世したことで知られている。その彼が………転生者?


 実のところ私はこの世界に違和感を覚えていたのだ。

 戦国時代の終盤の技術や文化、そして歴史そのものが前世と違いがあった。

 この世界の歴史を変えたのは………目の前のこの男だったのか。


 彼の語る“もう一つの歴史”。

 私が学んできた歴史とは異なる、戦国の真実。

 天蛍僧正は、戦国の世を生き抜いた日々を日記として密かに記録していた。

 その記録を参考にして、今世の歴史と、前世の歴史、その差異を含めた“真の史書”を記すように命じたのだ。


 それは、世に出すためのものではない。

 未来に発見されようとも、それは奇書か創作話として扱われるだろう。


 ―――ならば、軍記物語として自由に書くのもいいかもしれない。


 天蛍僧正は静かに語り始めた。自らが生きてきた戦国の世の物語を。それは、誰も知らぬもう一つの歴史。

 そして、その日。私の人生は、大きく変わることになったのだった。

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