1537年(天文6年)６月　越後国　谷浜村

父上へのお願いの日から三日後、俺が向かったのは直江津から北国街道を西に3キロほど離れた、日本海沿いにある谷浜村だ。文字通り谷と海に挟まれた狭い地にある小さな村で、人口は500人程。米はほとんど取れないため、村人たちはほとんどが海で漁をしたり、直江津で荷運びなどをして生計を立てており、決して豊かとは言えない、鄙びた村である。

そんな辺鄙な村に、なぜ俺がいるのかというと、蔵田家は3000石ほどの領地を治めているが、この谷浜村も蔵田家の領地の一つであり、父上に無理を言って俺がこの谷浜村の責任者になったからだ。

俺は500貫を借りる以外にも、父上に二つお願いをした。

一つ目は、蔵田家が治める土地の一つを俺に差配させて欲しいということ。

そして、父上のコネで幾人かの人材を紹介して欲しいこと、さらに護衛も兼ねた人材を派遣して欲しいということだ。

人を出すことについては、7歳の子供をどうせ一人で外に出せる訳がないと思っていたのであろう。即答で了承した父上だったが、さすがに村の差配については難色を示した。

そりゃ、何かあれば蔵田家の責任問題になり、最悪、領地没収や取り潰しにもなりかねないから、当然だろう。

しかし、それも母上の「あなた」というたった三文字の説得により、監督をつけるという条件で渋々ながらも許可してくれた。

うん…持つべきは理解ある母である。

「若、皆が既に集まっておりますが。」

少し物思いに耽っていた俺に、父上から俺の監督役を仰せつかった家臣、矢田清兵衛が楽しそうに声を掛けてきた。その隣には護衛役の古賀京志郎も控えている。

清兵衛は直江津の代官である父の元内政官を務めていた男で、その評価は可もなく不可もなくといったところだが、実直な性格で手先が器用。屋敷の修理や家具の修理などの雑用を進んでこなしている。新次郎の幼い頃からの顔見知りで、病弱な新次郎を色々気にかけて、手作りの玩具を作ってくれるなどしてくれる優しい男だ。

名前：矢田清兵衛　男

・統率：38/52

・武力：25/48

・知略：51/65

・政治：12/38

・器用：85/93

・魅力：55/68

適正：職人

能力を見てみると、戦闘面や内政面ではパッとしないが、器用さが高く、おまけに適性は職人である。俺がこれからしたい事に大いに役立ってくれる男になるはずだ。

そして、今回俺に同行してくれたもう一人が、俺の背後に槍を持って控える大男、古賀京志郎。腕は立つが、気に入らない上司を殴り飛ばしたり、酒場での喧嘩沙汰など、数多くの逸話を残し、気が荒い乱暴者として有名な男だ。しかし、家の屋敷で女中として仕える妹の峰には頭が上がらず、やらかす度に峰に土下座する姿を何度も新次郎は目撃していたりする。

名前：古賀京志郎　男

・統率：57/85

・武力：78/97

・知略：38/78

・政治：7/71

・器用：35/61

・魅力：32/72

適正：武人、指揮

能力はというと…まさに名将と言って良いレベルだ。育てば万軍を率いる大将として十分やっていける能力だ。どうしてこんな奴が家にいるんだ？

家の家臣ではこの二人が抜きんでた能力を持っていたので、父にお願いしてこの二人を付けてもらった。幸いにもこの二人の評価は家中でも高くなく、あっさりと許可が降りた。

おっと、いかん。村人が全員集まったようだ。

現在、この谷浜村に住む村民を村の長に頼んで集めてもらった。俺の背後には京志郎の他に5名の武装した護衛が控えているので、子供の言うことでも外面上は文句なく従ってくれている。

現在、この村の中心の広場に集まっているのは500人程。予め、この時間には漁や農作業を休むよう布告を出しておいたから、ほぼ全ての村人が集まってきている。

皆、襤褸切れの着物を着ていて、痩せて、どこか顔色も悪い。現代ならホームレスですらかなり整った姿をしているだろう。

「初めまして。此度、この谷浜村の代官を父上より仰せつかった蔵田新次郎と申す。少しでもこの村を豊かにするために努力していこうと思う。皆、よろしく頼む。と…いうような堅い話はここまでとして、今日は馳走を持ってきた。酒もあるぞ。先ずはたらふく食べてくれ。」

最初、子供の俺が代官だと聞いて、村人たちには失望や不信、更には怒りなどの負の感情が湧き上がっていたが、馳走や酒の辺りから流れがガラリと変わった。今では期待や希望などの肯定的な感情が大部分を占めている。

うん…「飲みにケーション」って偉大だよね。

俺はまだ飲めないけど、無念だ。

俺が農民たちに振る舞ったのは蕎麦だ。この時代にも蕎麦は存在していたが、現代のように麺として食べることはされていなかった。現代のように麺として食べられるようになったのは江戸時代に入ってからだ。

蕎麦は古くから日本で栽培されてきた食物で、荒れ地でも育ち、栄養価も高いため重宝されてきた。しかし、それは飢饉の時の農民の非常食程度の認識で、それほど商品価値の高い農産物ではなかった。

その蕎麦が直江津で売られているのを見つけ、安値で大量に仕入れ、屋敷で挽いて蕎麦粉にし、それを麺にしたのだ。

「こりゃあうめぇ。このツルツルの食感がたまらん！おら、こんなの初めて食っただ！」

「この汁は凄いわ。風味もあって、何杯食っても飽きんけん。」

「こんな旨い飯は、わたしゃ初めてだ！」

ククク、中々の評判じゃないか。

「フフフ、どうだ。作兵衛、大絶賛じゃないか。」

「はい、師匠。蕎麦の実にこのような食べ方があるとは、正に目から鱗とはまさにこのことです。」

「これなら直江津や府内で開店予定の店もなんとかいけそうだな。」

「はい。大繁盛間違いないでしょう。」

この蕎麦の再現に協力してもらったのが、料理人の適性を持つ三輪作兵衛、父上に紹介された人材の一人で、直江津でも名の知れた料理人だったが、俺の知る現代料理の一部を教えたら、二つ返事で俺に雇われてくれた。

この蕎麦を調理したのも作兵衛だ。醤油と鰹節がまだ存在しないので、その点は苦労したが、醤油の代用品として魚醤を、出汁にはこの辺りで大量に採れるいりこを使うことで、なんとか現在でも通用する味となった。

彼にはこれから、俺の知る現代料理の再現に尽力してもらう予定だ。先ずは直江津で開店予定の蕎麦屋を任せようと思っている。

さて、蕎麦の試食を兼ねた村民とのファーストコンタクトは、まずまず成功と言っていいだろう。

あとは、この村に来た目的を果たさせてもらおう。

俺は、先ず銭稼ぎに蕎麦屋を開こうと考えている。その蕎麦屋の人材募集と、この村に蕎麦の麺工場を建てるつもりで、その人員を募集する。

もちろん、働く時間に応じて銭で報酬を払う。この村は土地が狭く、米が採れないため貧しい。ほかの村では田植えや稲刈りの時期には、少ない報酬で出稼ぎに行くくらいだから、村人にとっても貴重な副業となるはずだ。

あとは、蟹漁師の募集だ。北陸と言えば蟹。あの日本人が大好きなズワイガニが、この谷浜村の沖合の海にも生息しているはずだが、新次郎の記憶でも、直江津の街でも蟹を見たことがないのだ。

家の者や作兵衛に聞いても、誰も知らないようだ…。どうやらこの時代では、まだ蟹は日本では食べられていないらしい。おそらく漁具の問題だろう。

確かズワイガニの生息域は200メートル程の海底だったはずだ。結構深いが、手が出せない深さ、という程ではない。きっとこの時代の技術でも捕獲できるはずだ。

　募集の結果は蕎麦屋の事業で40人募集の所を200名の応募が殺到し専属漁師も５名の募集に10人以上の応募があり一部の村民で争いが起きる程であった、それは俺が出した労働条件がこの時代では稀と言っていい程条件が良く荷運びや猟師などよりよっぽど条件が良かったからだが、俺は能力で接客や作業に向いてそうな人員をさっさと選んだのだが、採用されなかった者を宥めるにはかなりの手間が掛ったのだった

最終的には近いうちに大規模な工房を造る予定でその時に優先的に採用する事で納得して貰う

さぁ、新たな目標に向けてのスタートだ、上手くいって欲しいものだが