第6話 屋敷妖精

 青白い顔の女性は身体がぼんやりとしていて、窓辺にある萎れた花の入った花瓶が女性越しに透けて見えた。

 目が合うと、半透明の女性はルイに丁寧な一礼をした。

 ルイは確信する。


「あなたは、屋敷妖精だね?」


 この世界には人間と異なる種族が存在する。

 幅広い種族の中でも妖精は友好的で、とりわけ屋敷妖精は人間に寄り添って生きるタイプだった。


「リスト。彼女は幽霊じゃないよ。屋敷妖精と言って、古いお屋敷に住み着く妖精だよ」

「ダイナのおうちにようせいさんがいるの⁉︎」

「えっ、ダイナ⁉︎」


 幽霊の正体を伝えれば、答えたのはリストではなくダイナ。

 寝たはずのダイナが、バタバタと室内に入ってきて、リストが慌てて彼女に駆け寄った。


「ダイナ、起きてたのか⁉︎」

「ごめんなさい。ダイナ、どろぼうねこにリストがとられないか、きになったのよ」

「また、どこでそういう言葉を覚えてくるんだ」


 頭を悩ませるリストをよそに、ダイナは妖精に興味を持つ。


「ねえねえ、オバケじゃないの⁉︎ ようせいさんなの⁉︎」

「うん。オバケじゃないよ。とっても素敵な妖精がいたんだ」

「どこに⁉︎」


 ルイは屋敷妖精へ視線をやる。

 ルイの視線を追って、ダイナはキラキラと輝かせた瞳を屋敷妖精に向けた。


「え? よ、ようせいさん……?」


 ダイナはすぐに緊張した面持ちになり、リストの陰に隠れてしまう。


 それも仕方がない。一般的な妖精のイメージ像は、輝く翅を生やした小人。

 けれどこの屋敷妖精はリストより背が高く、それでいてひどく痩せ細っていて服もボロボロだ。妖精よりもオバケと言われたほうがしっくりくる。


「屋敷妖精は、その名の通り古いお屋敷に住む妖精なんだ」


 ルイは戸惑うダイナに説明をする。


「コップ一杯のミルクを対価に、家事を手伝ってくれる働き屋さんの妖精でね。広過ぎて手の行き届かないお屋敷は、よく屋敷妖精の力を借りてるよ」


 懐かしくなり、ルイは実家の屋敷妖精に思いを馳せる。


(うちの屋敷妖精には苦労かけたなあ……)


 ダスクローズ伯爵家にも屋敷妖精がいた。

 魔法開発に没頭するルイの世話をよくしてくれて、家出の際は嫌な顔をしながらも協力してくれた。

 金に疎いルイが多少の手持ちを持っていたのは、屋敷妖精が知らぬうちにしのばせておいてくれたからだ。


「ここは、おやしきじゃないわ。やどよ」

「屋敷妖精は必ず屋敷に住み着くわけじゃないんだ。この宿は広いし、年季も入ってるから屋敷妖精には居心地がいいんだろうね」

「ダイナのおうちが、いいの?」

「うん。屋敷妖精が住む家は末長く繁栄すると言われていてね。屋敷妖精は、幸福を招く妖精としても重宝されるんだ」

「そうだったのね……」


 隠れていたダイナが、そっと前に出る。


「ダイナね、さがしてたの。おそうじできないところ、キレイにしてくれて、さわっちゃダメなロウソクもあたらしくしてくれたかしら! だから、だからね」


 ダイナはポケットを探り、屋敷妖精にそれを差し出した。


「ありがとう、っていいたくて、さがしてたの!」


 それは胡桃の殻で作られたブローチだった。


「キレイにしてくれてありがとう!」


 屋敷妖精は目をぱちくりさせたが、すぐに幸せそうに微笑んで膝を折った。拙いが、どんな宝石よりも輝いて見える手作りブローチを受け取る。

 ブローチを大事そうに握り締めて、屋敷妖精は笑みを深めた。

 ダイナも笑顔を返す。


「よかった。誤解は解けたみたいだね」


 二人の笑顔を見て、ルイはほっと安心した。

 けれども次の瞬間、屋敷妖精が倒れた。


「よ、ようせいさん⁉︎」


 驚いたダイナが屋敷妖精に手を伸ばす。小さな手は屋敷妖精の身体を擦り抜けてしまった。


「なんで⁉︎ ど、どうしちゃったのかしら……!」


 ダイナの大きな瞳に涙が浮かぶ。


「対価もなしに働いてたから弱ってるんだ」


 ルイはすぐにダイナの隣に片膝を付き、屋敷妖精の状態を確認した。

 元々希薄だった屋敷妖精の姿がさらに薄まり始めた。


「だめ! ダイナのまえでいなくなるのはだめよ!」


 大粒の涙で頬を濡らすダイナはルイに縋り付く。


「ねえ、きいてたわよ! まほうしなんでしょ⁉︎ ようせいさんをたすけて!」


 ダイナはぐしゃぐしゃの顔をルイのマントに押し付けて必死に頼んでくる。

 屋敷妖精と亡くした母を重ねてしまっているのだろう。


「おねがい! おねがいよ!」


 ルイとしても、これ以上ダイナの心に傷が増えるのはいやだ。


「大丈夫。必ず助けるよ」


 ルイはダイナの涙を指先でそっと拭う。


「リスト。コップを持ってきてくれない? できれば、綺麗なガラスコップ」

「分かった」


 駆け足でリストは客室を出ていった。


「ダイナも力を貸してね?」

「ダ、ダイナはまほーをつかえないわ!」

「そんなことないよ」


 ぶんぶんと首を横に振るダイナに、ルイは短杖を握らせる。


「みんな勘違いしてるけど、魔法は誰でも使えるんだよ」

「だれでも? ダイナも?」

「うん。私を信じて」


 ルイの力強い言葉を聞き、ダイナは短杖を見つめる。


「しんじるわ」


 ダイナは覚悟を決めた顔で杖を持つ手にぐっと力を込めた。


「ど、どうすれば、いいの……?」

「大丈夫。まず深呼吸しようか」


 緊張しているダイナに寄り添えば、いいタイミングでリストが帰ってくる。


「ルイ。持ってきたぞ」

「ありがとう」


 ルイはガラスコップを受け取ると床に置いた。


「ダイナに手伝わせるのか?」


 リストはダイナが短杖を持っていることに、僅かに眉を寄せた。

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