第10話 王家からの招待状3

 公爵家の中でも早めに挨拶したこともあり、シルヴェスター様の隣で過ごしていたら、アリシア、と隣にいる人に名前を呼ばれた。


「どうしました?」

「──継戦派筆頭のオルデア公爵家だ。こっちへ来る」

 

 シルヴェスター様が耳元で囁く。

 オルデア公爵家。ロバートがチェックしていた注意する家の筆頭で、簡単に言うと、ランドベル公爵家と対立している家だ。

 シルヴェスター様の視線を追ってゆっくりとそちらへ目を向ける。

 

 来るのは二人の男女。

 一目で分かる上質な生地の燕尾服とドレス。そして一級品と分かる宝石。

 シルヴェスター様と同じ、支配者の貫録を出す男性と私と変わらない女性が近付いてくる。


「──これはこれは、ランドベル公爵。ご結婚、おめでとう」

「ありがとうございます、オルデア公爵」


 返事をするもシルヴェスター様の表情と声音は氷のように冷たい。……当然か。継戦派かれらはシルヴェスター様にとって政敵なのだから。

 ニコリと笑いながら人を吟味する目を向けるのはレイモン・フォン・オルデア公爵。五十二歳になるオルデア公爵家の当主で内務大臣を務める人物だ。


 政争中の、国王派筆頭と継戦派筆頭の貴族の挨拶に周囲は緊迫状態となってみんな、固唾を呑んで見守る。

 シルヴェスター様が私の肩に触れて貼り付けた微笑みを浮かべる。


「オルデア公爵、紹介します。こちらは妻のアリシアです」

「お初にお目にかかります、アリシア・フォン・ランドベルと申します」


 微笑んで名乗ったのと同時にオルデア公爵の隣に佇む女性の瞳が鋭くなるのを見逃さない。

 鋭くこちらを見る女性に不躾にならない程度に見つめ返す。

 私より身長が少し高く、美しくまとめた鮮やかな赤い髪に対照的な青い瞳が印象的な女性。恐らく、この人は──。


「若いお嬢さんだ。おいくつで?」

「はい、十八になります」

「十八歳か。うちのクラーラより年下とは」


 オルデア公爵が顎鬚を撫でながら呟く。やっぱり、と思いながら微笑む。

 オルデア公爵の隣にいる若い女性はクラーラ・フォン・オルデア公爵令嬢。オルデア公爵家の長女で、結婚適齢期になる十九歳の令嬢だ。

 

「クラーラ、挨拶しなさい」

「……初めまして、クラーラ・フォン・オルデアと申します」


 挨拶しながらも私に対する視線は鋭いままで敵意を隠そうともしない。……当然か。彼女にとって私は憎い女だと思う。

 クラーラ様が実家の政敵であるシルヴェスター様を好いていたのは社交界では有名な話だ。

 政敵だから難しいかもしれないがこちらは継戦派筆頭で公爵家。対立を収める和解目的の婚姻の可能性も十分あり得た。

 だけど、それが王命による婚姻で完全に潰えたのだから私が憎いのだろう。

 ……しかし、逆に問いたい。王命にどう逆らえと言う。私を憎むのは筋違いだと言いたい。


 クラーラ様はシルヴェスター様に想いを寄せていたし、オルデア公爵も名家であるランドベル公爵家と縁戚関係なれるのを期待していたかもしれない。

 同じ公爵家でもランドベル公爵家の方が歴史もあって権勢もある。魅力的だと考えられる。

 だが、その野望も叶わないのなら敵対する道を選ぶようだ。


「しかし、ランドベル公爵が結婚とは。亡くなった婚約者のことをとても想っていたのは知っていたから驚いたよ」


 顎髭を撫でながらニコリと微笑みながら亡くなった婚約者の話をしてくる。それも、私の前で。

 オルデア公爵の目を見ると目は笑っておらず、こちらの様子を窺っているので私も微笑みを維持する。


 私の反応を見たいのか、仕掛けてくるなと思う。年下の娘を動揺させたいのだろう。

 ならば、動揺を見せてはいけない。

 オルデア公爵は仕掛けてくるけど、私は理解した上で結婚している。そもそも、貴族なら政略結婚なんて普通だ。


 だけど、シルヴェスター様は大丈夫だろうか。

 シルヴェスター様は亡くなった婚約者をずっと想っていたから結婚もしなかったのは公然の秘密だ。

 それを分かっていながらここで言う公爵に顔には出さないが不快感を持つ。


「公爵夫人は知っていたかい? ランドベル公爵に婚約者がいたことを」

「はい、存じております」

「それならよかった。夫人は若いから知らないと思ったから心配してね」

「わたくしも貴女のこと心配していたのよ? 確か貴女、?」

「まぁ、ふふ」


 どうやらクラーラ様も参戦するようだ。心配? 二人共、とても本音とは思えない。

 それにクラーラ様の「貴女」呼び。どうやら私は公爵夫人と認められていないらしい。


「ご心配ありがとうございます。親戚を亡くした直後に華やかな場に行くのはあまりよろしくないので母と弟と一緒に領地に戻っていたんです。他意はありませんからご安心ください」

「ほぅ、なるほど」


 ニッコリと微笑む。実際、調べたらすぐ分かる事実だ。嘘ではない。

 オルデア公爵は相変わらず私の様子を窺うのでこちらも貼り付けた微笑みを維持する。


「公爵夫人は知らないだろうが亡くなった婚約者はそれはそれは美しい女性でね。ランドベル公爵が忘れられないのも理解でき──」

「──オルデア公爵」


 再び仕掛けようとしてくるオルデア公爵の姿が見えなくなり、低い、重低音の声がオルデア公爵の言葉を遮る。

 そこで理解する。シルヴェスター様が私の前に立ち、オルデア公爵から私を隠したということに。


「なんだ、ランドベル公爵。言葉を遮るのは──」

「結婚のお祝いはいただきました。ですが、当家のことをである公爵に一々口出される理由はない」


 ピタリ、と時間が止まったかのように周囲の動きが停止する。

 理由は分かる。シルヴェスター様が話すオルデア公爵の言葉を二度も遮り、はっきりと部外者と言い切ったからだ。

 簡潔に言っているけど、つまりは他家のことに一々口を出すな、と警告している。


「…………」


 シルヴェスター様の後ろ姿しか見えないため、どんな思いでそう言ったのかは分からない。

 だけど、今の発言で私からシルヴェスター様に注目を変えたのだけは理解できる。


「……ランドベル公爵」

「…………」

「おや。どうしたんだ、これは。何かあったのか?」


 オルデア公爵の姿は見えないけどオルデア公爵の鋭い声が聞こえてピリピリとした一触即発の空気が生まれるも、そこに場違いな声が登場して空気が霧散する。……この声は。


「……陛下」

「やぁ、シルヴェスターにオルデア公。で何かあったのか?」


 話しかけてくるのは先ほど挨拶したヒューバート国王陛下でニコリと笑いながら明るい声で尋ねてくるのが見える。

 しかし、笑っているけど瞳の奥は笑っておらず、むしろ僅かに寒気がする。……タイミングがいいことから考えるとこちらの様子を観察していたのだろうと結論付ける。


「……いえ、何もありませぬ。陛下、ランドベル公爵に公爵夫人、私たちはここで失礼します」


 劣勢と感じ取ったのか、オルデア公爵が短くそう告げて立ち去ろうとする。


「そうか。分かったよ、オルデア公爵。――どうか、今日の夜会を楽しんでおくれ」

「はい、楽しませていただきます」

 

 そんなオルデア公爵に陛下がニッコリと如何にも貼り付けた笑いを浮かべて楽しむように告げる。

 ……絶対オルデア公爵、苛ついていると思う。ああ、居心地がすごく悪い。

 そしてシルヴェスター様に庇われた私が気に食わなかったのか、クラーラ様は私の方を一瞬睨んだ後、父親の後ろを追った。




 ***




 会場内はわいわいと賑やかで、そんな華やかな光景を遠くからぼぅっと見つめる。

 一触即発だった空気は陛下のおかげで霧散し、その陛下から「少し休むように」と告げられて現在、シルヴェスター様と一緒にテラスの手すりに背中を預けながら佇んでいる。

 夜ということもあって夜風が涼しい、と思っていたら隣にいる人から話しかけられた。


「すまなかったな、オルデア公爵の話は不快だっただろう」

「いえ、大丈夫です。オルデア公爵に言った通り、分かった上で結婚しているので」


 シルヴェスター様の謝罪に淡々と事実を述べる。

 今ここでは亡くなった婚約者のことは触れずに返事した方がいいだろう。


「…………」


 そして会場からシルヴェスター様へ視線を向ける。

 横顔からはいつも通りに見える。

 この人は私と違って生まれた時から公爵家の跡取りとして育った。私より年上だし、こういうやり取りは何度もしてきたことだろう。

 だけど、何度もしてきたとはいえ、心は平気なのかと思ってしまう。


「……あの、大丈夫ですか?」

「何がだ?」

「オルデア公爵の発言です。あんなこと……」

「ああ……、そうだな。大丈夫、慣れている」

「それならいいのですが……」


 大丈夫、というのなら私が口出すのもおかしい気がする。

 私たちは政略結婚した夫婦だ。それ以上追及せずにそっとするのが賢明だと決めて黙る。

 まだまだ夜会は続くのに今日はもう疲れた。この後はダンスもあるのに。


「……だが、心配してくれてありがとう」


 夜風に乗せるように低い声が私の耳を通って一瞬、意味が分からなくて瞠目してしまう。

 横顔を見るといつも通り。だけど、声は僅かに哀愁が含まれているように聞こえたのは気のせいだろうか。

 ……いや、当然だ。今でも想っている亡き婚約者のことを言われたのだから。


「…………」


 何か、言うべきだろうけど……私はこの人を深く知らない。だから──。


「……いいえ。気にしないでください」


 気にしないと言ってそのまま隣に佇む。

 本当はもっと違う言葉を言えばよかったと思う。

 だけど、何を言えばいいのか分からなかったので、ただそっと無言で隣に立ち続けた。

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